こんにちは。
皆さんは、学校によってはいろんなルールがあり特に精神的や肉体的な 苦痛、我慢をしいられた謎のルールがあったり暗黙のルールなどがあっ たと思います。
我慢の時代、根性の時代など良い面もありますが判断を大人たちが間違 うと子供たちには、苦痛を強いられることになりかねない状態が続いて しまいます。
ここでは、ほんの少しですがオジサンが体験した謎のルールを紹介しようと思います。
昭和の学校に存在した“謎ルール”とは?
冬でも半ズボン・スカートで登校させられ オジサンの小学校時代は、6年間ずっと半ズボンでの登校でした。
そして、その半ズボンの長さは陸上競技のランニングパンツぐらいの短 さが、みんなほとんどでした。
生地は少しだけ厚いもので、太ももはほぼ全部が露出状態です。
学校によっては小学校でも制服があり膝上10㎝ぐらいまで、あったりで まだ羨ましかったです。
冬が訪れるたびに、震えていた記憶
がよみがえります。
寒さ対策は「許可制」という理不尽さ
冬の木枯らしが吹こうが半ズボンの日々
おかげで、体が冷えてお腹を壊すことが多いものでした。
女の子たちも、ずっとスカートの日々
冬は寒くて女の子の体は、冷やすと体調をくずしたりきつかったと思います。
「風の子だから大丈夫」という根性論の背景
震えていようが、みぞれや、雪が降ろうが大人達や先生達は口をそろえて大丈夫、
子供は風の子だから、大丈夫。
えっ!? 何をおっしゃっているのでしょうか?風の子?
子供ながらに、不思議で我慢と苦痛に耐えてるだけで この言葉の理不尽さを考える余裕もありませんでした。
中学男子の坊主頭が当たり前だった時代
軍隊文化の名残と“統一の美学”
オジサンのころは、小学校の半ズボンが終わって黒い色の学生服になって長ズボンになっても 今度は、
強制で頭を坊主に。
ここでもまた、大人達の押しつけ主義にさらされるのかと思い、 ため息しか出ませんでした。
今、思えば軍隊みたいなことを子供に強いて気合が入っていないとか根 性でとか男の子は坊主で良いとか、
勉強に身がはいっていないとか その子の、自主性や良いところなど微塵も見ていないものでした。
不良防止という名目で広がった坊主頭
オジサンのころは、
ヤンキー不良がカッコイイ時代でした。
ツッパリ・ヤンキーという言葉があったりで、 髪型は中学は坊主でしたので
- 頭の額に剃り込みなどをいれる
(鬼剃り込み)など - 女子でもほんの少しですが髪色を茶 髪にしたり
見つかると厳しく指導がはいりました。
高校になるとリーゼントなどが流行っていました。
髪を伸ばせば、
- パーマをあてる
(アイパー)、(パンチ)、(ニグロ) - 角刈り
- リーゼント
- 茶髪にする
すぐに不良と結びつけていましたの で中学生のころは絶対に坊主主義の時代でした。
冬の坊主が子どもに与えた負担と健康被害 冬の坊主頭も我慢と苦痛の日々でした。
スポーツや部活によっては特にチーム競技などは多かったと思います。
これが、当たり前でしたので文句を言わず過ごしていましたが、
みんな、どこか頭の片隅ではいろんな思いと考えがあったと思います。
見た目で、からかわれたり冬も体が冷えてお腹や、 風邪をひいて体調をくずしたりでした。
ここでも、大人達の当たり前の押しつけや考えに問題があると、 気づく大人はいませんでした。
なぜこんな理不尽な校則が続いたのか?
大人達も、自分たちの子供時代も当たり前のように、 これが普通なんだ。
- 我慢をしないと
- 根性がたりない
- 気合がはいっていない
とかの法則がぐるぐる頭の中で駆け巡っていたのだと思います。
そして、上の方々も気づきもしないで、これでいいんだ。
間違っていないという常態化という悪循環に陥っていたのですね。
子どもの声が届かない社会の構造
子供の声が届かない背景には、
すぐに怒られるという事。
- まだ大丈夫だろう
- 甘い事を言うな
- 強くなれないぞ
- ひどいと貧弱だとかひ弱
などと言った言葉で切り捨てられることが続いていく。
ここには、まだ軍隊の考えが残っていて我慢や根性気合と一体感の 美学があったんだと思います。
親たちの反発が生まれ始めた昭和末期
オジサンが、ふと子供たちを見ると冬も長ズボンで 暖かい恰好でいるではありませんか。
そして、中学生の男の子も髪を普通の長さにしているではありませんか。
親御さんたちの反発
があったと言います。
- 風邪をひいたら病院代の補償はあるのか
冬は、大人でも寒いのに子供たちが寒くないわけありません - 体温が下がれば抵抗力も下がったりすれば
体調をくずし風邪をひきやすい - 体が冷えてお腹を壊す
当然のことだと思います。
現代から見ると完全に“ブラック校則” 科学的根拠のない風習
子供は風の子という言葉を、 別の意味で解釈して子供たちに押しつけて我慢と苦痛を強いた時代と風習。
教育の現場が、気づいて子供たちの声をいち早くくみ取ってあげるのが一番だと思います。
人権意識の低さが生んだ文化 相手を思いやることが、足りない大人が多かったのだと思います。
この時代は体罰も多かった時代です。 大人たちは、仕事と生活で精一杯で子供たちは学校でどんな風に過ごしているのだろうか。
なにか理不尽なことはないのか。 みんなが一緒なんだから大丈夫とか、なにも気づいてあげられない世の中だったのだと思います。
当時の子どもたちが感じていた我慢と痛み 我慢さえすれば、時間と日々は何事もなく過ぎ去っていく。
そして、
大人たちの顔色を伺って本当の声をあげられなくなっていた
のだと思います。
心も体も幼く、小さかったときの理不尽な苦痛と痛みは大人たち以上の葛藤を抱えて過ごしていたのです。
まとめ
まだ、軍隊主義のなごりが残っていた時代。
冬の坊主頭、半ズボンや「子供は風の子」といった押しつけられた風潮が浸透していました。
この言葉が悪い言葉ではなくてこの言葉は冬の寒さにも負けず子供たちが元気に凧揚げや、 犬と駆けまわったり、雪の積もった日に雪だるまを作って遊んだ姿を見ての様子を言葉にしたのだと思います。
まず、子供たちの声、意見を聞いてあげることと大人たちが気づいてあげることが一番だと思います。
ここまで、読んでくださってありがとうございます。